川村元気さんの小説『百花』を読んで、親と子の記憶や老いについて考えさせられました。
「あの時、もっと早く気づいてあげられていたら……」
そんな、大切な人を想うからこそ生まれる切実な後悔の念。
今回ご紹介するのは、川村元気さんの小説『百花』
記憶を失っていく母と、彼女を見つめ直す息子の姿を描いたこの物語は
単なるミステリーや悲劇ではありません。
私たちに避けては通れない「家族の老い」と
「早期発見という選択肢」の重要性を優しく提示してくれる作品です。
親子の距離感に戸惑う方、
そして将来への漠然とした不安を抱える皆さんと共に
記憶の尊さと「今知っておくべきケアの入り口」について考えていきたいと思います。
母と子という、逃れられない「面倒くさい」絆
母と子という関係は、どうしてこうも複雑で、愛おしく、そして時に「面倒くさい」ものなのでしょうか。
求め合い、試し合い、時には突き放してしまう。
その中で、かけがえのない親子の思い出でさえ
少しずつ置き去りにされてしまうことがあります。
物語の主人公・泉の母、百合子は、かつて美しく活発な女性でした。
けれど今は、公園のブランコに座り、ぼんやりと外を眺めています。
その姿には、確かに母としての面影が残っている一方で
どこか遠い場所へ行ってしまったような寂しさも漂っています。
親孝行をしたい気持ちはあるのに
照れや過去のわだかまりが邪魔をする。
本作は、そんな「親子の距離感」に悩む人にとって
自分自身を映し出す鏡のような存在だと感じました。
読み進めるうちに生まれる、記憶への違和感
読み始めてしばらくすると、物語の中に小さな「違和感」が現れます。
昨日の言葉と今日の行動が噛み合わない。
大切だったはずの約束が、いつの間にかこぼれ落ちていく。
ページを遡るたびに、百合子の記憶が静かに揺らいでいることに気づかされます。
この描写は、読者自身の感覚までも曖昧にするほど巧みで
日常が少しずつ変質していく感覚をリアルに伝えてきます。
「もし、自分の親がこうなったら?」
そんな問いが、物語を通して自然と胸に浮かびました。
泉が抱く後悔に触れることで
私は“もっと早く気づく”という言葉の重みについて、改めて考えさせられたのです。
あいみょんの言葉から感じた「記憶という名のレール」
本作には、アーティストのあいみょんさんによる印象的な言葉も紹介されています。
【あいみょん コメント】
“記憶”というものは決して自分1人のものではなく、時には誰かと自分自身を繋ぐレールになっていると思った。
食い違うこともあれば脱線もする。
記憶はあくまでも瞬間の記録で、なんだか夢みたい。
悲しい記憶も嬉しい記憶も、ああ全部夢だったんじゃないかと感じる日がある。
一度失ったからこそ、二度と失いたくない息子への想い。一度失ったからこそ、二度と忘れられない母への想い。夢のような記録。あの日を繋ぐ記憶。
↓は母の日記です。
葛西百合子。
1月1日生まれ。
息子の名前は泉。
甘い卵焼きとハヤシライスが好き。
レコード会社で働いている。
ヘルパーの二階堂さんは十時に来る。
食パンを買わない。
美久ちゃんのレッスンはもうない。
泉の奥さんは香織さん。
お花を切らさない。
トイレは寝室の横。
晩御飯はもう食べた。
泉に迷惑をかけない。
ちゃんと一人で生きる。
ベビー服をプレゼントする。
電球と単三電池とハミガキ粉を買う。
どうしてこうなってしまったんだろう。
泉、ごめんなさい。
『百花』川村元気 著 P.174より
母親の切ない気持ちが苦しいです。
「読まれたくない日記」をめぐって、私が考えたこと
美しかったお母さんも年月とともに老いていく様子に
つい自分のことに置き換えてしまいます。
今、喧嘩をしたばかりの娘
夜遅くに帰ってきたばかり息子は
私がこのようになってしまったらどう思うのだろうか?
物語の中で、泉は母の隠された日記を読んでしまいます。
そこに綴られていたのは、母としてではなく、一人の女性としての後悔や情念でした。
この場面を読んで、私は「親はいつまでも親であってほしい」と願う一方で、
親もまた一人の人間なのだという現実を突きつけられた気がしました。
知らなくていいことがある。
その切なさと優しさが、この日記のシーンには凝縮されています。
- 小さくなっていく姿
- 心配そうな顔
もうやめてくれ。
でも読むのをやめられない自分がいました。

読まれたくない日記は処分しよう
母の日記を息子が読むシーンがあるのですが、
人生の終わりには、
「自分の日記は書き残してはいけないな」強く感じました。
FAQ(よくある質問)
Q1. 小説『百花』はどんな内容の作品ですか?
A. 『百花』は、川村元気さんによる小説で、記憶を失っていく母と、その変化を受け止めきれない息子の姿を通して、親子関係や時間、記憶について描いた物語です。
本記事では、ネタバレを控えつつ、作品から感じた印象や考えたことを中心に紹介しています。
Q2. この記事にはネタバレは含まれていますか?
A. 物語の核心部分や結末に関する直接的なネタバレは避けています。
あらすじや印象的なテーマに触れていますが、初めて『百花』を読む方でも安心して読める内容になっています。
Q3. 『百花』は認知症をテーマにした小説ですか?
A. 作中には記憶が失われていく描写が登場しますが、本作は医療や症状の解説を目的とした作品ではありません。
あくまでフィクションとして、家族や記憶、老いと向き合う人間の感情を描いた物語だと感じました。
Q4. この記事で触れられている「MCI」とは何ですか?
A. MCI(軽度認知障害)は、一般的に「物忘れ」と認知症の中間段階として知られている概念です。
本記事では、物語をきっかけに「そうした考え方があることを知った」という文脈で触れており、特定の検査や行動を推奨するものではありません。
Q5. 『百花』はどんな人におすすめの小説ですか?
A. 親との関係について考えたい方、家族の老いや記憶をテーマにした作品が好きな方、読後に静かに余韻が残る物語を求めている方におすすめです。
感情を強く揺さぶるというより、ゆっくりと心に残る一冊だと思います。
Q6. 映画版と小説版では印象は違いますか?
A. 映画版と小説版では表現方法が異なるため、受け取る印象も変わる可能性があります。
小説では内面描写や言葉の余白がより深く描かれており、読者それぞれの解釈が広がる点が魅力だと感じました。
Q7. この記事は書評ですか?それとも考察ですか?
A. 明確な分類としては「感想・読書記録」に近い内容です。
専門的な文学批評ではなく、作品を読んで感じたことや、そこから考えたことを中心にまとめています。
『百花』を読み終えて、心に残ったもの
『百花』はフィクションとして、静かで穏やかな終わり方を迎えます。
しかし現実の老いや介護は、決して物語のように整ったものではありません。
怒りや無力感に飲み込まれる瞬間もあるでしょう。
それでもこの作品は、「早く気づくこと」「知ろうとする姿勢」そのものに価値があるのだと、押しつけがましくなく伝えてくれます。
認知症には前段階とされる状態(MCIなど)があることを知ったのも、
私にとってはこの物語をきっかけに生まれた一つの学びでした。
答えを出すことよりも、立ち止まって考えること。
『百花』は、親との時間や記憶に目を向け直す、そんな静かな余白を与えてくれる一冊だと思います。




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